『八尺様』を考える

2008年8月、2ちゃんねるのオカルト板に投稿された『八尺様』は、「田舎の農家」「古くから伝わる異形」「儀式と対峙」などJホラーチックなモチーフをふんだんに盛り込んだ"ヒット作"となり、2015年の今なお広く知れ渡っている怪談である。
なぜ『八尺様』はこれほどまでに人々の関心を得られたのであろうか。
『八尺様』の体験談が事実であるか創作であるかは割愛するが、本論では「『八尺様』は創作である」という前提のもとで論を展開する。

□『八尺様』は都市伝説ではない

ジャン・ハロルド・ブルンヴァンの論に立ち返ると、都市伝説が人々に広まるにつれディテールは変化するものの、核となる「モチーフ」は保持される、としている。

核となるモチーフを保持したままふわりとした「のりしろ」のように変動する曖昧な部分を残しておくことによって、
次にその話を語るものがより場に則した形でストーリーをカスタマイズし、結果としてローカルコミュニティで広く受け入れられるようになるのだ。
Frend of a Frend、友達の友達の話という枕詞が成立するのも、この「のりしろ」にあらゆるローカル要素を組み込むことができるからである。

『八尺様』において、この「のりしろ」の余地は極めて少ない。
そもそも、一人称という記述の方式自体、「体験者」という明確な「正」の物語を生じさせてしまう点で
都市伝説の最低要件である"いかにもありそうな話"のクリアが困難になってしまう。

『八尺様』には都市伝説としての機能がない。『八尺様』が都市伝説ではないと述べる理由はここにある。
ストーリーという怪談・モンスター型の都市伝説としての表層的な要素を兼ね備えていながら、都市伝説が本来持つローカル性を持った口承拡散機能を備えていないのである。
『八尺様』が人々に広まった過程のロジックとしては、民俗学・社会学的なアプローチよりも、AISAS理論のようなバズマーケティング的アプローチのほうがしっくり来るだろう。


□結論

『八尺様』は都市伝説ではなく、「人気を獲得すること」を目的として創作された物語である。
おおよそ2ちゃんねるのオカルト板住民が好むであろう「禁忌」「異形」「閉鎖空間」という素材を元に、怪談型都市伝説の体裁を与えられ
その目的を達成することができた数少ない成功者といえよう。